俺の家の話 能楽師から見た2話の解説・感想 その1

「家元制度・能楽のビジネスモデル」

家元制度について詳しくは流儀によって違いが多く誤解を招くといけないので遠慮します。
ただあのような「芸力試験」をやる事はないと思います。

例え芸がつたなくとも、本人が人品骨柄卑しからず気骨あり、流儀は一丸となって支えると皆が腹を据えればなんとかなるもの。
当流の故十四世喜多六平太宗家も継承したのは十歳の時でしたし、古今東西わかくして宗家を継ぐ方はたくさんいらっしゃいます。

さて能楽の経済事情ですが、まず基本的にみんな個人事業主です。つまり「劇団○○」のような形で「〇〇流」があるわけではありません。例えば「○○鑑賞会」という催しをAさんという能楽師が企画すると、出演者に一人づつ連絡してお願いします。能1曲に約20人です。

つまり雇用形式は「日雇い職人」です。そしてAさんは企画・広報・会計全てこなした上で役も勤めます。ちなみにドラマでは企画(出演料支払い)はシテがする、と言い切っていましたがそんな事はなくワキ方・囃子方・狂言方の企画する会はたくさんあります。

本当は事務処理に人を雇えるといいのですが、ただでさえ人件費がかかり、しかも基本1回公演なのでコストダウンは至上命題。自分か家族がやることになります。
なので近頃はチラシ制作と会計にAdobe系ソフトとExcelが必須技術になりつつあります。(なんだかなあ…ですけど

特に遠方の地方公演となりますと交通宿泊費込みで一人15万円以上かかってきます。単純計算でも20人分で300万。これに会場費・チラシ代etc.。1万円のチケットが300枚でも完璧な赤字です。そうすると赤字補填はAさんがすることになります。

もちろん企業や自治体から企画・予算が出てチケット販売などは考えなくても良い催しもありますが、ほとんどの演能会は赤字、よくて差し引き0に近いものが多くなります。ではなぜ会を催すのかといえば、ほぼ使命感のようなものです。

能には現行200番近い曲目があります。人気曲だけやっていればチケット売りも楽ですが、いわゆる地味な曲目に能の真髄が宿るものです。そういう曲は企業等からの依頼の時には集客能力など考えると出せない。でもやらなければならない、やってみたいとなると自分で企画するしかありません

また裾野を広げるためには地方中核都市での催しも必要です。ただコストの兼ね合いもあって十分な事ができない時もありかなり心苦しい時もあります。
なのでドラマで言っていた、会をやればやる程赤字はなきにしもあらず。でもさすがにあの通帳見ると生活保護を受けられそうですがw

ただAさんが催す会のおかげで20数名の出演者は出演料をもらえます。次にBさんの企画でAさんが雇ってもらえれば出演料をもらえる。そこにいわゆる趣味で能を習ってらっしゃる方の月謝などの資金で赤字を補填しつつ経済循環しています。(経済用語的にはちと違いますが…)

この能を趣味で習っていらっしゃる方の存在は非常に大切で、習っている方は高確率で観客にもなってくれます。この「習う事ができる伝統芸能」というシステムは能が明治維新を乗り越えて存続している理由の一つです。

能を習うということについてはドグラマグラで有名な夢野久作氏が「能とは何か」で「能好き」という段で著しているので、ぜひお読みください。その他の段もおすすめです。

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